フランス退屈日記

9月から始まったフランス留学でのあれこれ。旅と生活の記録。

春の北欧一人旅 Day3-4 観光地のないトゥルクで久々の再会

天気が悪いのもあってなんとなくイメージと違ったヘルシンキ

サウナ、楽しかったけどね。

 

3日目の今日は午前中にヘルシンキから、高校時代の友達が留学しているトゥルクへ。1.5日間くらい滞在するのでどこに行こうかと観光地を調べてみたけれど、ほぼ何も出てこなかった笑 友達が留学でもしていなければきっと名前すら知らないままだったであろう街だけど、とにかくトゥルクで友達に会えるのが楽しみ。

 

トゥルクに留学している友達は高校1年生の時に同じクラスだったけれど、部活も違ったし、私が留学に行ってからは学年もずれてしまってほとんど連絡もとっていなかった。彼女が留学していることも1年くらい前のクラス会で話していたのを覚えていただけで、今回会うこともインスタグラムのDMで話をしていたくらい、正直めちゃめちゃ仲が良いというわけでもなかった。

 

お互い大学での生活とか、留学に至った経緯とか高校卒業からの空白の期間にどんなことがあったか何も知らないまま会うのはちょっと緊張も混ざるような気持ちだったけれど、おしゃべりな私は話したいことも山ほどあって、浮き足立った気持ちのまま電車に乗り込んだ。

 

ヘルシンキからトゥルクまでは電車で2時間くらいでいける。車内は広く清潔で、日本の新幹線よりも快適なほどだった。ついたトゥルクの駅は一応中央駅なのに、案内板の前のベンチに何組か老夫婦が座っているくらいの、素朴というかのどかすぎるというか、言葉を選ばずにいえばめちゃ田舎だな、という印象だった。

そんなことを思っているうちに迎えにきてくれた友達は、良い意味で高校時代のままで、そんなに仲良しではなかったはずなのに、顔を見た途端すごく嬉しくなってしまって、フィンランド留学をしている友達に会いにきた親友、みたいなテンションになった。

留学をしているというだけで誰しもが仲間というわけではないけれど、異国の地で過ごすという、必ずしも楽しいことばかりではない経験が何となく心の距離を近づけるのかもしれない。

 

そのあとは彼女オススメのマーケットでサーモンのクリームスープを食べたり、トゥルクで唯一の名所だという教会に行ったりしたが、とにかく話は尽きず、あっていなかった時間を埋めるかのように喋り倒した。

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友達のおすすめクリームスープ。食後のコーヒー付き。

内容は留学のことだけにとどまらず、高校時代の部活の話、今後の進路、そして恋愛。彼女と高校時代には話さなかったことばかり話して、改めて出会いなおしたみたいな気分になった。

 

結局夜は、というか朝5時近くまで語り、彼女の寮でお世話になった。

 

トゥルクでの2日目は、バスで40分くらいでいけるNaantaliという場所まで出かけた。今はオフシーズンだそうだが、夏にはムーミンワールドが開くらしい。

Naantaliの見所をあえていうなら自然が綺麗なところだと聞いていたけれど、それ以外には何もないということなので、私シティガールズは一抹の不安を抱えたままNaantaliへ向かった。まあ確かに何もなかったけれど、湖がよく見えて綺麗だったし、湖の周りにあるカフェも可愛く、天気がよかったことも幸いして意外にも賑わっていた。わたしたちはスーパーでなぜか生ハムを買い、ベンチに座って喋りながらそれを食べるという、お世辞にも上品とは言えない斬新なスタイルでNanntaliを楽しませてもらった。

 

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可愛い

トゥルクに来てからの1.5日、睡眠とお風呂の時間以外はほとんどずっと喋りまくったけれどまだまだ喋れそうだったし、もっとさっと会えるかと思いきや、楽しすぎてお別れがさみしかった。

 

ひとり旅は自由でいいけど、やっぱり人が恋しいな〜

 

Feeling 22

22歳になりました。

フィンランドヘルシンキに来ています。

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去年は銀座にいたなあ。楽しかった。

今年はヘルシンキで一人。全然寂しくないかといったら嘘になるけど、ヘルシンキで誕生日を迎えることもそうないと思うのでこれはこれで貴重でもあり。

 

22年も生きてきた気がしない。感覚的には12歳くらい。

ちょうど12歳といえばテイラースウィフトにはまっていた頃で、彼女の「22」という曲を聴いては、22歳になるだけで一曲作れるなんて、なんて大人なんだ、feeling 22ってどんな気持ちなんだ、と22歳になる頃の自分に思いを馳せていた気がします。しかし実際こうなってみると、別になんてことはない。平成から令和になるように、今日が明日になるように、私がまた一つ年をとっただけですね。この22年間でどんな徳をつめば曲がかけるような大人になれていたんだろう。

 

小さい頃は楽しみだった誕生日(去年も全然楽しみだった)が、だんだんと本当になんでもない日だということを感じるようになってきました。割と最近まで、ずっと子供でいたい精神で生きてきたのに、なぜだがちょっと大人になりたい気持ちが芽生えてきたのですが、大人になるって、自分の誕生日に淡々と一人で過ごせることでしょうか。あるいはまたとしをとってしまったと、誕生日を楽しめなくなることでしょうか。

 

この一年はあたらしいバイトを始めたり、それこそフランス留学が始まったりと、それなりに変化のある期間でした。新しい出会いもあったし、そこから学ぶこともきっとありました。同時になくすものもあったかな。むしろこれに関しては例年に比べてちょっと多かった気がしますが、たくさんの素敵な人に囲まれてだいたい笑顔で、楽しく、概ね素敵な一年だったと思います。

 

しかし、まだまだ未熟だなと思うのは、いつも悲しいことがあった時。悔しいとか、怒ってるとか、これは自分でだいたいなんとかできることが多いけれど、悲しみは意外と難しい。めちゃめちゃ悲しいときってそれ以外に気持ちのベクトルをなかなか向けられない。特に人との別れは悲しくて、自分一人ではどうしようもできないなくて情けないという気持ちを、21歳にして初めて知りました。

 

別れといっても様々。家族と、友達と、あるいは彼氏や彼女と、卒業とか引越しとか、物理的に遠くなる時もあれば、なんとなく疎遠になるとか喧嘩してもう会わなくなるとか、そういう精神的なものもあるし。悲しいけれどやっぱり死も別れの一つ。

 

これまで本当に運が良く、優しい人たちに囲まれたおかげて気づかずに過ごしてきてしまったけれど、今年はちょっとずつ


悲しいこともあり、大人になるって悲しいこととの付き合い方を知るってことなのか...?と思うことが多々ありました。

生きている年数が長いほど楽しいことも悲しいことも増えるし、自分をまもってくれる人よりも守ってあげなきゃいけない人が増えるのかもしれないし、きっと悲しさの度合いにかかわらず、学校に行ったり仕事をしたり、社会的にちゃんと活動をしなければいけないので、悲しみとの付き合い方を身につけるのは、今の私にとって非常に重要なスキルな気がしています。

そしてもう一つ感じたことは、自分が悲しい思いをすることに対して悲しむ人がいるということ。一番悲しいのは自分だと思って過ごしていたこともあったけれど、本当に辛い時に近くに人がいてくれて救われたので、自分を大事にすることは自分に寄り添ってくれるそういう人たちのことも大事にすることだという新しい学びも得ました。

 

22歳になっても、変わらない、変われないことが多いと思うし、そんなにたくさん変わってもな...と思うけれど、自分の大事な人の気持ちにより添えるそうな、強くも柔らかい大人を目指して今年も頑張ります。

 

21歳、ありがとうございました。

22歳、よろしくお願いします。

春の北欧一人旅 Day2 地獄の空港泊と最高のサウナ

リヨンを出発してから18時間。ようやくフィンランドヘルシンキに到着した。

 

ヘルシンキ空港はヨーロッパの窓口ともなる巨大な空港で、日本からヨーロッパに旅行する際の経由地として利用したことある人もいるかもしれない。国際的にトランジットで利用する旅行客が多いおかげなのか、スリープポッドなるものが設置されているとの情報も手に入れた。さすがヘルシンキ空港、トランジット民の受け入れに慣れている。

 

素敵なビジネスクラスの食事でお腹もいっぱい、あとはスリープポッドさえ見つけられればこっちのもんだ、と思いながらゲートを出るも、まず空港のWi-Fiが全く機能しない。そして、スリープポッドどころか、まともな待ち合いスペースすらなく、そこらじゅうのベンチで夜を明かす決意をした人が覇気のない表情で横になっていたり、ぼーっとスマホを眺めたりしていた。

 

空港内に入っているホテルから漏れるWi-Fiに勝手に接続してスリープポッドについて調べたところ、それは手荷物検査場やパスポートコントロールの向こう側、搭乗口のすぐ近くに設置されているということだ。まあよく考えてみれば、そんな画期的なものを誰でも入れるエリアに設置してしまったら、いくらあっても足りなくなってしまうだろう。

 

唯一の希望がなくなってしまったのは残念だけれど、そんな悲しみに浸る暇もなく今夜の居場所を探さなければならなくなった。ほとんど人の気配がなくなった夜中2時の空港をさまよってやっとスタバを見つけ、お店自体はもうしまっているけれどテーブルやソファは空いていたのでそこにお世話になることにした。コンセントもあるし、ホテルから漏れるWi-Fiもわずかながらに届くので快適だったと言いたいところだけど、ずっと座っているのも疲れるし、トイレに行きたくなったら重いバックパックごと全て持って移動しなければならなかったりと、とにかく気の抜けない7時間だった。一人での旅行となると、楽しさも大変さも誰とも共有できないのはちょっと辛いところではある。

 

7時くらいになるとかなり明るくなり、不気味だった空港にも少しづつ賑やかさが戻ってきた。空港から市内までは30分くらいだったが、停止する駅にほとんど人がいないのが気になる。

まずは荷物を置こうとヘルシンキ中央駅から10分ほどのところにあるホテルに向かって歩き始めたが、その道中も5人くらいしかすれ違わず、寒くて不気味で大変だった。しかし、期待とは異なるヘルシンキの姿にすでに動揺しまくっていた私にさらなるショックを与えた事件があった。そろそろ予約したホテルが見えてもいい頃だ、と思いながら大通りを歩いていたときのこと。路面電車のものと思われる停留所に座っている男性に目が止まった。多分30歳くらい。つい見てしまったのは、手がかじかむほど寒いこの日に、彼は膝が見えるほどの短パンを履いていたからだ。見ているだけで寒くなる…と思いながら近づくと、違った。短パンを履いているのではなくて、ズボンがひざ下まで降りているのだ。ちなみに下着も一緒に降りている。すなわちお尻が丸出しのまま停留所に座り頭を抱えているのだ。どうしちゃったのよ。

 

荷物を置いたらすぐにスオメンリンナ島に行こうと思っていたが、強めの先制パンチをまともに食らってしまったので、1時間くらい休憩してから出発した。要塞として作られたこの島は世界遺産に登録されているとのことだったけれどいまいちな天気のおかげで、静かで穏やかという特長が、単に寒々しい印象を与えてしまい、30分ほどで本島に戻ってしまった。今日が日曜日だという事実はかなり痛手で、カモメ食堂をはじめ雰囲気がいいとインスタで話題だったカフェもことごとく閉まっていた。せめてサウナでもと思ってわざわざ電車で行ったサウナも、準備中だった。

 

すっかり心が折れて半べそ状態だった私は結局2時頃にはホテルに戻ってきてしまい、気づいたら1時間ほど寝てしまっていた。ふて寝と言ってもいい。

 

起きた頃には夕方になっていて、と言ってもまだ明るく、再度街に繰り出すかめちゃめちゃ悩んだ挙句さっきとは別のサウナに行ったのだが、これが本当によかった。

海のすぐ横に作られたサウナで、サウナであったまったらそのまま海に飛び込むことができるようになっている。日本ではリアクション芸人のためのアクティビティと化しているが、健康のために真面目にやっているのだとフィンランド人が教えてくれた。海水は体が一瞬にして固まってしまいそうなほど冷たく、油断すると芸人さながらのリアクションではしゃいでしまいそうだったけれど、だれか見ている訳でもないし、本当に自分しかいなかったので静かに凍えるしかなかった。無言で入り、震えながらサウナと往復するという、はたから見たらだいぶストイックなスタイルで、汗とともに21歳の失敗や後悔を流してきた。

 

明日で22歳だけど、実感もないし特に楽しい誕生日になる予定もないので自分ですらちょっと忘れそうになる。去年は誕生日、すごく楽しみだったんだけど。大人になるってこういうことなのかしら。

春の北欧一人旅 Day1 フランクフルトの思い出

1日目と題してはみたけど、実はまだ経由地のドイツを出てすらいない。フランクフルトで9時間のトランジットだったので、本来の目的地であるヘルシンキに到着するのは今日の夜中、25:30になる。厳密にはまだ0日目なのだ。

 

昨日から休みだったのになぜもう1日早くしなかったんだっけ、とお世辞にも見所が多いとはいえないフランクフルトの街をふらふらしながら考えたが、金曜日の出発にすると早く到着できる一方で航空券が2万円以上も高くなるので、やむなく9時間のトランジットとヘルシンキでの空港泊というおまけがついた今回のスケジュールを選んだったんだ、と思い出した。

 

フランクフルトの街を実際に歩いたのはせいぜい4時間といったところで、語れるほどのものは見ていないがなんとも不思議な街だった。

 

空港から20分も電車に乗れば中央駅につくので、そこから最初の目的地であるレーマー広場までは歩くことにした。金融の街で銀行が多いと聞いていたので勝手にビルが立ち並ぶビジネス街をイメージしていたが、中央駅前の通りに立ち並んでいたのはここに書くのもはばかられるようなアダルティなお店だった。それもネーミングがかなり露骨。入口もかなりオープンなつくりで、前を歩いていたダンディなおじさんがスッと入って行ったりするのだからちょっと怖い。

 

かと思えば急にユーロのオブジェが目立ついかにもなビル街に到達し、

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ユーロ


またさらに進むと今度は急にドイツっぽい建物が並ぶ、観光客で賑わう風景に変わり、気づけばそれがレーマー広場だった。ドイツっぽく可愛い感じではあるが、観光客があまりにも多いのと、なぜかニセモノのミッキーやミニーの着ぐるみが一緒に写真を撮ろうと行ってくるので興ざめした。

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レーマー広場

そんなこんなでフランクフルト観光はかなりあっさり終わってしまい、今夜に備えてゆっくり過ごすことにした。

 

空港で夜を明かすのは初めてだ。多分心配されるから家族にも言っていない。

空腹は辛いのでなんとか食料は持っている

が、結局のところ空港泊はこちらが勝手に夜明けまで空港に居座るという話で、そんな人のためのスペースや治安がどれだけ保証されているかという点については若干の不安を覚える。

 

今はフランクフルト空港でヘルシンキ行きの飛行機への搭乗を待っている状態で、今夜無事に過ごせるように、という祈りを胸にこの記事を書いている。それに今夜無事といってもぐっすり眠れるはずはないから、明日1日動き回るだけの体力と気力を持ち続けていられるだろうか、ということのほうが今度は心配になってきた。

 

と、ここまではフランクフルトでの話。

 

安さ重視の私は、航空会社こそルフトハンザだけれど預け荷物すら有料のプランだったのだが、どういうわけかビジネスクラスにランクアップされていた。というのも、航空券をかざしたらビジネスクラスへの座席変更を知らせるレシートが出てきたのだ。スーツを着たおじさまやおばさまが優雅にくつろいでいる中で、やたら大きなバックパックを背負ったアジア人女子は浮きまくっていたに違いないが、運がよかった。

 

経由地のフランクフルトからヘルシンキまでは2時間半ほどのフライトで、いくら夕食どきとは言っても大した食事は期待していなかった。またヘルシンキの物価は高いので夜食の意味も込めて空港で€5もする普通のサンドイッチを買ったのに、ビジネスクラスではめちゃおしゃれな食事が出てきて、せっかくのサンドイッチが入るスペースはなくなってしまった。

 

当然ビジネスに乗ったのは初めてで、そのサービスの差や出てくる食事の差にもびっくり&感動したのだが、ビジネスクラスは乗客までおしゃれだった。

 

私の隣に座ったのは30代前半くらいの男性で、私が席についた頃にはイルカが群で泳ぐ動画をiPadで見ながらかなりくつろいでいたので、棚ぼた的な感じではなくちゃんとビジネス料金を払ってそこに座っている人だと思う。ドリンクサービスの時から、ワインを色ではなくちゃんと銘柄で注文するあたりからおしゃれ感を醸していたが、食後のコーヒーにミルクとコニャックを混ぜろと注文したのを聞いたときはそんな頼み方あんの?と笑いそうになった。しかし。


ここは凡人が集まるエコノミーではなく、リッチなビジネスクラス。食後のコニャックくらい日常茶飯事なんだろう。

 

そんな小洒落ビジネスに最後まで馴染めないまま、やっとこさ夜中のヘルシンキに到着した。

ひとり旅の思い出

緊張する

 

木曜日でフランス留学生活最後の授業を終え、あしたから春休み(又の名をSemaine de revision : 試験準備期間) が始まる。

 

今回は北欧3カ国ひとり旅。行きにフランクフルト、帰りにミュンヘンを経由するので厳密にいえば4カ国のひとり旅。楽しみだけれど、やっぱりちょっと不安になる。

 

初めてひとりで海外まで行ったのは18歳、高校3年生になる前の春休み。行き先はロサンゼルスからサンディエゴ。サンディエゴは私が4歳のころ父親が単身赴任していた場所で、父に会いに何度か行ったことがあった。英語に興味を持ったきっかけにもなったし、子供ながらにいい場所だなと思ったのを覚えている。

しかし父が日本に帰ってきてからはなかなか機会がなく、高校時代の留学もオーストラリアに行くことになり、なつかしのサンディエゴに行けないまま受験生になろうとしていた。

 

何がきっかけだったか忘れてしまったけれど、当時は部活もやっていなかったし時間はあったし、母の知り合いが南カリフォルニアに住んでいるという情報も手に入れて、あれよあれよという間に航空券をとった。

未成年だったので入国の際に検査官に怪しまれたり、ダウンタウンから家に戻る終電を逃しそうになったりとプチハプニングはあったけれど、おぼろげにしか覚えていなかったサンディエゴの家や通ったショッピングモールに行ったりと、アナザースカイみたいなめちゃめちゃ充実した1週間になった。

 

というわけで、華々しいひとり旅デビューを飾ることができた。

 

それなのに、ひとり旅の前にこんなにざわざわするのはなんでなんだろう。これまでは、臆することなく新しい場所にいける、新しいことにチャレンジできるのが自分のいいところだと思っていたのに、随分慎重派になってしまったらしい。

1年前、これまた一人でニューヨークに行ったときは、羽田で飛行機に乗るまえからそわそわしてしまって、現地でホテルについて緊張が解けた瞬間ちょっと泣いたし、初めてパリについたときも不安でいっぱいだった。

 

明日からも、現地で友達に会ったりするのではじめから終わりまですっとひとりというわけではないのに、そしてひとり旅だって初めてではないのに、不安混じりのドキドキが止まらないのだ。

 

21歳最後の旅。22歳最初の旅。うまくいきますように。

水曜日の午後、ティラミスを作る

水曜日といえばスペイン語の授業。

 

この授業、動詞の活用や現在分詞からはじまり、最初はまだなんとかついていける気がする... とわずかながら感じていたものの、今や接続法と直説法の使い分けやらニュアンスの違いやらもう何がなんだかわからない。

私がフランス語で1年半かけて勉強した内容を、この授業はたった10週間、たった15時間で網羅してしまっている。練習問題をやるわけでもなく、教科書を使うわけでもなく、ひたすら先生の作ったスライドを写す1時間半。期末が怖くて仕方ない。

 

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これをひたすら写す。もはや写経。

しかしそんな授業も今日で最後。残るは期末試験のみ。

 

というわけで今日の午後は好物のティラミス作り。スーパーでマスカルポーネチーズと生クリーム、そしてBiley'sのアイリッシュクリームを購入。チーズやヨーグルト、バターなど、酪農がさかんなフランスでは日本よりかなり安く買えるので嬉しい。

 

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底のビスケットにコーヒーをしみしみさせているところ

これがフランス留学のリアルです。ティラミス食べて勉強も頑張ります。

コーヒーが冷めないうちに

前々回コンビニ人間を読んだあと、次は伊坂幸太郎だ〜と息巻いていたけれど、タイトルの通り「コーヒーが冷めないうちに」(川口俊和著)を読んだ。

 

借りていた伊坂幸太郎は「オー!ファーザー」で、読み始めたはいいけど夜に読むにはちょっと重いのと、登場する4人の父親のキャラクターが全然頭に入ってこなくて断念した。

 

コーヒーが冷めないうちに」はフランスにくるときの機内で邦画リストに入っていたのをなんとなく覚えているけれど、あの時は隣に座るおばさんが引いてしまうほどに絶え間無く涙を流していたので、見てみようとも思わなかった。

そもそも、有村架純が出ていようが山崎賢人が出ていようがあまり邦画は見ないので、もう何度めかのキングスマンを再生してぼーっと眺めていただけでした。

 

しかし。「コーヒが冷めないうちに」めちゃよかった。

久々に本を読んで泣いた。泣いたせいで余計寝れなくなったけれど許す。

とある喫茶店のある決まった席に座ると、注がれたコーヒーが冷めるまでの間だけ、過去に戻れるという話なのだけど、それ以外にもたくさんルールがあって、座っているその席からは離れられない、その喫茶店に訪れたことのある人にしか会えないなどなど。そのうち最も重要なのは、過去に戻っても未来は変わらないということ。例えば、過去に戻って自分の両親の出会いを阻止したとしても、その両親から生まれた自分が消えたりすることはないし、自分の両親もそのまま変わらない。

 

そんな面倒なルールがあると知りながら、それでも過去に戻ろうとする4人の話。

  • アメリカに転勤する恋人に捨てられた女
  • どんどん自分を忘れていく夫を持つ看護師
  • 実家の旅館を捨てた姉と良く食べる妹
  • この喫茶店で働く妊婦

一番泣けたのは二つめの、夫婦の話。結婚していないのですごく共感できるわけではないけれど、相手に次第に忘れられていく寂しやさ、それでも過去に戻って寄り添って行こうとする姿勢が素晴らしくて泣ける...

 

普段あまり心あたたまる系の作品を読まないけれど、これはよかったです。帰ったら映画も見てみようかな。

 

是非に。